| 内容説明 |
クーセヴィツキ―は、18歳の時(1892年)にモスクワで開かれた電気の博覧会の会場でピアノを演奏するラフマニノフと出会い、以後、半世紀に渡って交流することとなる。 1902年、ラフマニノフと共にバイロイトを訪れ、ワーグナー未亡人達から迎えられて「ニベルングの指環」「パルジファル」「さまよえるオランダ人」を鑑賞。1903年にベルリンでリサイタルを開催し、コントラバスの名手としての評価を獲得するが、同年にラフマニノフがボリショイ劇場の指揮者となり、その指揮の下で演奏するうち、クーセヴィツキーは指揮者になる意思を固める。そして1908年にベルリンPO.を雇って演奏会を開催、友人のラフマニノフと共演して成功を収め、直後にロンドンも訪れて、同じくラフマニノフとクーセヴィツキーのコンビで成功を収めた。
ラフマニノフとはこのような強い絆があっただけに、ラフマニノフに関する音源が残されているのは実に有難い。特に傑作「交響曲第2番」が聴けるのは嬉しい限りである。モノラル録音。
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