| 内容説明 |
1943年4月にニューヨークを訪れたクーセヴィツキーは、妻のナタリーを偲んで新しい管弦楽作品の委嘱をストラヴィンスキーに委嘱した。それが「頌歌 Ode」である。スコアは1943年7月に完成し、クーセヴィツキーは「この音楽に深く感動し、感謝している」と答えた。しかし、クーセヴィツキーが楽譜に多少の手を加えたため、2人の間に不協和音が生じる。10月8日に世界初演は行われたが、ストラヴィンスキーは「ひどい演奏」とし、認めることはなかったという。若干スキャンダラスな作品が当盤で体験できる。
また、W.シューマンもクーセヴィツキーとは関係が深く、クーセヴィツキーは「アメリカ祝典序曲」を委嘱しており、支援者でもあった。この「第3番」もクーセヴィツキーにより1941年に初演された。モノラル録音。
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